Antitrust and White Collar Defense and Investigations Update
米司法省、100万ドルの反トラスト通報報奨金を支給
I. はじめに
米司法省は、法令違反に関する情報提供者に対して報奨金を支給する新たな制度を公表してからわずか7か月後の2026年1月29日、反トラスト通報報奨金制度(Antitrust Whistleblower Rewards Program)として初めての支給事例を公表した。米司法省反トラスト局および米国郵政公社は、刑事事件につながる情報を提供した個人に対し、100万ドルの報奨金を支給したことを明らかにしている。
本件の報奨金額は、EBLOCK社に科された罰金328万ドルのおよそ30%に相当し、通報者に対するインセンティブを積極的に活用するという米司法省の姿勢が、実際の執行においても具体化していることを示す象徴的な事例といえる。あわせて本件は、反トラスト通報報奨金制度における適用要件が比較的広く設定されている点を浮き彫りにしている。同制度では、申告された違反行為が米国郵政公社の収益またはその財産に影響を及ぼすことが求められるものの、当該影響が重大又は実質的な損害にまで至っている必要はない。報告対象となったスキームに関連して米国の郵便が利用されていれば、報奨金支給の対象となり得ることが示された形である。
この発表は、米司法省が2026年1月に公表した虚偽請求取締法(False Claims Act, FCA)に基づく年間実績の公表とも時期を同じくしている。同公表では、FCAの歴史上最高水準となる回収額が記録されたことに加え、通報者によるキイ・タム(Qui tam)訴訟の提起件数も過去に例を見ない水準に達したことが報告された。さらに、米司法省刑事局が2024年に開始し、2025年にトランプ政権下で拡充された企業通報報奨金パイロットプログラム(過去の記事はこちら)と併せて考えると、これらの動きは、複雑な企業不正を当局が把握するためのインセンティブ政策の枠組みが、米司法省内部で一体的に整備されていることを示している。
反トラスト通報報奨金制度に基づく今回の支給事例、FCAにおける記録的な年間実績、そして継続中の企業通報報奨金パイロットプログラムを併せると、通報制度は、民事・刑事双方において、米司法省の執行手段の中核的要素として定着しつつあるといえる。加えて、米国証券取引委員会(SEC)をはじめとする他の規制当局においても、実効性の高い通報制度が引き続き運用されている。こうした状況を踏まえると、企業は、社内からの通報、事実関係の調査の進め方、さらには当局への自主的な情報開示の是非について、従来以上に慎重な対応が求められる。
II. 反トラスト通報報奨金制度の概要とEBLOCK社の事案
2025年7月、米司法省反トラスト局は、米国郵政公社と共同で、新たな反トラスト通報報奨金制度を公表した。同制度は、郵政公社に影響を及ぼす行為に関して、法律に基づき、通報者に対するインセンティブを反トラスト分野に組み込む試みである。過去の記事(こちら)でも指摘したとおり、本制度は、証券、商品取引、FCA分野で長年運用されてきた通報制度との整合性を高め、通報者に対するインセンティブを反トラスト分野の執行に拡張するものといえる。
本制度では、反トラスト法違反に関する独自の情報を提供し、その結果として刑事上の罰金、没収、又は返還命令が科され、かつ政府が最終的に100万ドル以上を回収した場合、当該情報提供者に対して報奨金を支給することが認められている。報奨金の上限は回収額の30%とされており、米司法省のガイダンスでは、情報の重要性や通報者の協力度合い等の要素に応じて、おおむね15%から30%の範囲が想定されている。このような高額報奨金の可能性は、通報者にとって強いインセンティブとなる一方で、企業側にとっても、反トラスト局のリーニエンシー・ポリシーの下、刑事責任の免除や不訴追合意を得る可能性を念頭に、早期の自主申告を検討するインセンティブとして機能している。
EBLOCK社の事案では、通報者は、米司法省に入札談合の可能性がある行為について情報を提供した。オンライン中古車卸売オークションプラットフォームを運営するEBLOCK社は、A社を買収したが、当該買収後も、A社とは別のB社との間で行われていた入札談合行為を速やかに停止しなかったとされている。米司法省によれば、A社の関係者とB社の関係者は、シャーマン法第1条に違反して競争を抑制する共謀を行っており、その一環として、いわゆるシル入札(shill bidding)と呼ばれる、オークション価格を人為的に引き上げるための虚偽の入札行為が行われていたとされる。これにより、通信詐欺(Wire fraud)に関する容疑も発生することとなった。当該スキームでは、機密性の高い入札情報の共有、競合他社に対する不正なシステムアクセスの付与、正規ディーラー名義を用いた不正入札を行うためのソフトウェアの利用などが含まれていたとされる。また、本件において郵政公社との関連性を基礎づけた要素として、被告が当該スキームに関連する書類を米国の郵便を通じて送付していた点が挙げられている。これらのことから、EBLOCK社における通報報奨金の支給は、オークション、調達、又は取引において通常行われる郵便の利用であっても、郵政公社自体が不正行為の中心的対象でない場合であっても、制度上の適用要件を満たし得ると米司法省が判断する可能性を示唆している。
EBLOCK社の事案における報奨金支給は、2025年にFCAに基づくキイ・タム訴訟の提起件数が過去最多となったことを含め、近時の通報の活発化という流れの中で位置づけられる。こうした一連の動向は、民事・刑事の両分野において、インセンティブが不正行為を顕在化させる上で、ますます重要な役割を果たす環境が形成されつつあることを示している。
III. 実務上のポイントと留意点
1. 米司法省による初めての反トラスト通報報奨金の支給は、反トラスト分野において通報の重要性が一層高まっていることを示しており、通報の活用を意図する米司法省の方針と整合している
今回の報奨金支給は、反トラスト分野においても、通報が執行リスクを左右する要因として、今後ますます重要な位置を占めることを示唆している。反トラスト案件では、通報者に対するインセンティブが、他の執行方法の枠組みと並行して機能することとなった。例えば、政府調達分野では、調達共謀対策本部(Procurement Collusion Strike Force)が引き続き情報提供を呼びかけ、関係当局間で連携して捜査を進めている。
こうした動きは、FCAの下で活発な通報が続いていることを含め、米司法省全体の方針とも整合している。企業としては、通報による当局への情報提供が、今後、より一般的なものになることを前提に対応する必要がある。報告、確認、エスカレーションを迅速に行える体制の重要性は、これまで以上に高まっている。
2. 反トラスト通報報奨金制度の適用範囲は、想定以上に広がる可能性がある
今回初めて支給された反トラスト通報報奨金は、違反行為が米国郵政公社に影響を及ぼすことを求める適用要件について、比較的広い解釈が採られていることを示している。すなわち、当該スキームに関連して米国の郵便が利用されていれば、それ自体が適用要件を満たすと判断され得ることが明らかになった。
その結果、オークション、調達、又はオンラインを含む各種マーケットプレイス取引に関連する行為であっても、米国の郵便の利用が関与していれば、本制度の対象となる可能性がある。
3. 通報を受けた後の調査対応を先送りすることによる実務上の不利益は、複数の通報制度により一層大きくなっている
反トラスト通報報奨金制度、企業通報報奨金パイロットプログラム及びFCAに基づく執行など、米司法省の通報者向けインセンティブは重層的に整備されつつある。その結果、社内で把握されながら十分に解決されていない懸念事項が当局に直接通報される可能性は以前よりも高まっている。ひとたび通報が行われれば、企業は、米司法省と関与するタイミング、対象範囲・問題の位置づけについて、主導権を失いかねない。このような状況下では、内部通報を受けた後の対応の遅れ自体が、執行リスクを高める要因となる。したがって、企業は、証拠の保全、信頼性のある調査の実施、ならびに対応方針について十分に検討し、判断を行うため、迅速に行動する必要がある。
米司法省は、米司法省と関与するタイミングについて、明確な考慮事項を示している。2025年に共に改訂された刑事局の企業通報報奨金パイロットプログラム・ポリシーおよび企業執行・自主的情報開示ポリシーでは、一定の期間内に自主的な情報提供を行うことが、企業が不起訴判断の対象となる資格を維持する上で重要であることが示されている。具体的には、社内通報を受けてから120日以内に自主的な情報提供を行った場合、他の要件を満たすことを前提に、当該取扱いが検討され得るとされている。反トラスト分野においては、この120日という枠組みは、企業に対して有利な結果を保証するものではなく、通報者の適格性を確保するための期間として位置づけられているものの、企業が社内調査や分析を先送りすればするほど、内部通報者が当該期間内に米司法省に通報するインセンティブは看過できない。
これらの通報制度は、米司法省が用いる企業コンプライアンス・プログラム評価(Evaluation of Corporate Compliance Programs, ECCP)とも並行して機能している。刑事局および反トラスト局のECCPはいずれも、発言しやすい職場環境、実効的な内部通報制度および報復防止の取組みの重視など実質的に共通している。実務上、米司法省は、不正行為の有無そのものに加え、従業員が社内で安心して懸念を表明できる信頼性のある仕組みが存在するか、外部への通報を促すものではなく、社内での問題提起を促す対応を取っているかも評価している。
このように、適時かつ一体的な社内対応と、信頼性のある調査に基づく判断は、二重の機能を果たす。すなわち、外部への通報が行われる可能性を低減するとともに、当局に企業のコンプライアンス体制が評価されるための基盤ともなる。
さらに、反トラスト通報報奨金制度の適用範囲の広さは、企業に対するプレッシャーを強めている。加えて、企業は、従業員のみならず、業界内の競合他社が米司法省に通報を行うインセンティブが強まっていることを前提に対応する必要がある。対応の遅れがもたらすリスクを踏まえれば、迅速な調査の実施、適切なエスカレーション、そして状況に応じたリーニエンシー・ポリシーの活用を含む当局対応の検討が、これまで以上に重要となっている。
4. 人員削減等は、通報リスクを高める
実務上、人員削減、組織再編、整理解雇といった局面では、通報が増加しやすいと長年認識されている。解雇や雇用の不安定化に直面する従業員は、過去に提起した懸念事項が十分に解決されていない場合や、社内の通報窓口を信用していない場合、当局等への通報を選択する可能性が高まる傾向がある。
こうした人員面に関する変動が生じている時期においては、企業は、社内から寄せられた申立てに対して迅速に調査を行うことに加え、報復防止の方針を改めて徹底し、従業員が安心して声を上げることのできる通報制度が実効的に機能していることを社内に十分に周知することが重要となる。
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